廃藩置県
『廃藩置県』(はいはんちけん)とは、1871年8月29日に、日本の統一を押し進めるために明治政府が行った行政改革である。藩を廃して府・県を置き、政府が直接全国を治める中央集権国家の形が作られたと言われている。旧天領や旗本支配地等は政府直轄地として府と県を置き、中央政府から知事が派遣された。藩と府県の管轄区域はとても入り組んだ所で、非効率だったと言われている。『廃藩置県』は、全国約200万人に上るとも言われる藩士の大量解雇に至るものであり、リストラのさきがけでもあった。そんな中でも、藩の財政が苦しいところは自ら廃藩を名乗り出るところもあったという。また、『廃藩置県』により、旧藩の負債をどうするかが問題となった。しかし、その負債は新政府が一括で背負うこととなったが、その届出額は7800万両にも達していたと言われている。それを逆手に取った藩主もいるようで、藩札を増刷して負債の届出をし自分の懐へ入れていた者もいたようだ。