鎖国

『鎖国』(さこく)とは、江戸幕府が行ったオランダおよび中国以外の国との外交通商を禁じる政策である。孤立状態を指すが、実際は孤立していたわけではなく、外交や貿易に制限がかかっていただけのことである。『鎖国』の由来はケンペルの著書『廻国奇観』の一部を1801年に志筑忠雄が「鎖国論」としたことから一般的に広まったと言われる。管理貿易はオランダ・中国は長崎会所で、アイヌは松前藩経由で、朝鮮は対馬藩経由で、琉球は薩摩藩経由で行われた。『鎖国』は、フランシスコ・ザビエルの日本来航以来、キリスト教徒の数が拡大し、幕府にとっても脅威となり方針を転換したと考えられている。徳川政権の時代に禁教政策を始めると、1637年に日本の歴史上最も大規模な反乱である「島原の乱」(しまばらのらん)が勃発した。『鎖国』は、日本に独自の文化を与えることが出来たものでもあり、他国との関係を絶つことで発達した技術を早期に取り入れられなかったという欠点もある。