大化の改新

『大化の改新』(たいかのかいしん)は、6世紀の終わり頃から8世紀始めにかけての飛鳥時代(あすかじだい)に行われた政治的改革である。聖徳太子の死後、蘇我氏が勢力を強め天皇家をしのぐほどの力をもつようになった。645年に中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)らによって蘇我氏を滅ぼした政治革命で、「乙巳の変」(いっしのへん)の後の出来事であり、「乙巳の変」は日本の歴史上最も古いと言われている内乱である。『大化の改新』は646年に「改新の詔」(かいしんのみことのり)が出されたことに始まったと言われ、「改新の詔」は新たな施政方針を示すために発せられた詔で、公地公民制(こうちこうみんせい)や班田収授法などが確立したと言われている。公地公民制は全ての土地と人民は天皇に帰属するとした制度でありながら、伴造(とものみやつこ)、国造(くにのみやつこ)が所有する一部の土地には適用されていなかったという説がある。